SPECIALIST

多様な専門性を持つNRIデジタル社員のコラム、インタビューやインサイトをご紹介します。

BACK

データ活用を促進する秘密計算技術!その事例と活用5類型

こんにちは。NRIデジタルの西原です。
これまで2回にわたり、私たちが注目している秘密計算というプライバシー技術の概要とその可能性について紹介してきました。今回は、秘密計算の事例をいくつか紹介した上で、私たちが考える秘密計算活用の5類型を紹介しようと思います。

秘密計算の振り返り

秘密計算とは「データを暗号化したまま計算するプライバシー保護技術」です。秘密計算では、データを保持する側がデータを暗号化した上で、分析・計算する側へ渡します。分析の過程では、暗号化が一度も解かれることなく、データの中身が分からない状態で計算され、計算結果のみが出力されます。従来、暗号化して保存しているデータも分析の際は必ず復号する必要がありましたが、秘密計算を活用すれば復号せず分析することができ、よりセキュリティレベルが向上します。秘密計算によって、これまでなかなか進まなかった企業間でのデータ流通・活用が促進されると我々は考えています。

※秘密計算技術の概要と仕組みについては、過去のテックブログに記載しているので、ぜひ読んでみて下さい。
第1回:「プライバシーテックでデータ活用社会を加速! プライバシーとデータ活用を両立する「秘密計算技術」とは?」
第2回:「データ活用社会を加速するプライバシー技術!「秘密計算」の方式とその仕組み」

秘密計算の事例

秘密計算技術はまだまだ一般的とは言えませんが、国内外ですでに多くの事例が存在します。今回は海外事例の中からエストニアCybernetica社の事例を紹介します。Cybernetica社は、秘密計算機能を提供するパッケージ製品Sharemindを開発し、様々な企業に導入しています。Cybernetica社のSharemindが導入された秘密計算の活用事例を二つほど紹介します。

事例1.人工衛星の衝突防止への活用

一つ目の事例は、人工衛星の衝突防止に活用された事例です。地球の周りには数多くの人工衛星が漂っており、数%程度の衝突リスクがあると知られています。人工衛星の互いの位置や飛行ルートを共有すれば衝突を避けられますが、人工衛星の飛行ルートは各国・各事業者の機密情報であり容易に共有することができません。

この問題に対しSharemindによる秘密計算が利用されています。秘密計算を利用すれば、人工衛星の位置や飛行ルートを開示することなく衝突リスクを解析することができます。また、秘密計算が活用されているという安心感によって、より多くの国や事業者が衝突リスク解析へ参加しやすくなり、より衝突リスク解析の精度が向上するというメリットもあるでしょう。

出展)Cybernetica Sharemind HP  Using Sharemind to Estimate Satellite Collision Probability

事例2.教育と収入の相関関係分析への活用

Cybernetica社のSharemindは公共分野にも活用されています。IT大国として知られるエストニアですが、IT系を専攻する大学生の落第率の高さが問題となっているそうです。「好調なIT業界による過剰なアルバイト採用が学生の落第を招いている」という仮説が立てられ、エストニア情報通信技術協会(ITL)が調査に乗り出しました。学生のアルバイト量と落第率の相関は、教育科学省が保持する学生データと税務・関税局が保持する労働者・納税データを掛け合わせれば簡単に割り出すことができます。しかし、個人情報保護の観点からそれぞれのデータを共有することは許されませんでした。

ITLはこの問題に対しCybernetica社のSharemindを活用しました。秘密計算で学生データと労働者データを秘匿化したまま掛け合わせることで、学生個々人のプライバシーを保護しつつ、学生のアルバイト量と落第率の相関を分析することができました。ちなみに調査の結果、アルバイト量と落第率の相関は見られなかったそうです。

出展)Cybernetica Sharemind HP  Track Big Data Between Government and Education

秘密計算活用の5類型

上述した通り、秘密計算を活用した事例が国内外で生まれ始めています。これらの事例やユースケースを調査・整理していく中で、秘密計算が解決する課題は以下のような5パターンに類型化できると、私たちは考えています。

それぞれの類型について説明します。

類型1:共通課題解決型

同一業界の企業間で共通の課題があるが、自社データだけでは解決が難しい場合に秘密計算を活用するパターンです。業界全体の課題の中には、企業群のデータを統合して活用することで解決できる課題もありますが、データは各企業の資産であり企業間でのデータ共有はなかなか進みません。秘密計算を活用すれば、生データを共有することなく統合して解析することができ、個々の企業が保持するデータを公開せず業界全体で協力して課題解決を目指すことができるようになります。上述したCybanetica社の一つ目の事例はこの類型に分類されるでしょう。

類型2:プライバシー/企業機密配慮型

機微情報や企業の機密情報を活用する際に、秘密計算を活用するパターンです。秘密計算を利用すれば、計算過程でも秘匿化された状態でデータを扱うことができます。プライバシー性の高いパーソナルデータの活用など、より高いセキュリティレベルが求められるようなデータ活用シーンに、秘密計算が有用であると考えています。また、データ分析に秘密計算を活用することは消費者の安心感につながり、データ活用時の消費者同意が得やすくなるという副次的な効果も考えられるでしょう。上述したCybanetica社の二つ目の事例はこの類型に分類されます。

類型3:秘匿マッチング型

適切な相手とのマッチングをしたいが、お互いの情報/状況を明かしたくない場合に秘密計算を活用するパターンです。例えば、オークションへの活用がこのパターンに当てはまります。秘密計算を活用すれば、参加者のプライバシー保護のため入札金額などの情報を開示せずにオークションを行うことができます。

類型4:リソース制約開放型

セキュリティ観点でデータを外部に持ち出せない場合に、外部リソースを活用するために秘密計算を活用するパターンです。情報漏洩対策などの観点から、自社データを外部へ持ち出すことを禁止している企業は多いでしょう。秘密計算を活用すれば、データを秘匿化した状態で計算が可能になるため、外部へ持ち出しが禁じられているデータに対して外部リソース(例えば、外部データサイエンティストやクラウドなど)を活用し、より効率の良いデータ解析を実現できるようになります。

類型5:セキュリティ強化型

高い機密性が求められるデータの保管に、秘密分散・秘密計算を活用するパターンです。データの保管自体を秘密分散して行いデータ活用時に秘密計算を用いて活用する方式をとることで、よりセキュリティレベルを高めることができます。医療情報などの機微なデータを保管する際に有効です。

まとめ

本記事では、近年注目されているプライバシー技術である秘密計算の事例を紹介するとともに、私たちが考える秘密計算活用の5類型を紹介しました。秘密計算の処理速度向上に伴い、秘密計算を活用したビジネス事例が多く生まれてきており、その活用パターンも多岐にわたります。私たちは、この技術が世の中のデータ活用に大きなブレイクスルーを起こすと考え、今後も社会実装・事業化に向けて活動を継続していきます。

<本記事に関するお問い合わせ>
NRIデジタル株式会社 担当 安増・中島・西原・板橋