数理最適化による出店戦略シミュレーション
目次
はじめに
こんにちは。NRIデジタルの小川です。
スーパーマーケットやコンビニエンスストアなどの小売業や、レストランなどの飲食業など、実店舗を持つ業種において、出店する場所は、ビジネスの成否を決める重要な要素です。
特にチェーン店の場合には、個別のお店の場所だけではなく、エリア全体を俯瞰してどのような場所の組み合わせで出店するのが最適か、という非常に難しい出店戦略が求められます。また、競合チェーンの出店も考慮すると、さらに難易度が上がります。
今回は、数理最適化の中の拠点配置最適化の考え方を使い、出店戦略を組み立てるシミュレーションアプリを作成しましたのでご紹介します。
シミュレーションの概要
シミュレーションイメージ
複数の小売りチェーンが商圏内の需要を取り合う出店戦略シミュレーションです。
下の動画は3種のチェーン店(青、赤、オレンジ)が1店づつ出店していく様子をシミュレーションしたものです。
自チェーン(青)が出店⇒需要を獲得⇒周辺のマスが青色が濃くなる
他チェーン(赤、オレンジ)が出店⇒需要を取られる⇒周辺のマスが赤色が濃くなる
シミュレーションデータ
シミュレーションには、2種類のデータを用意しました。
1つ目のデータは、出店場所の候補となる位置情報です。
分析エリアを東京都江戸川区全域とし、川などの水域を除いた範囲に、1,000個のランダムな場所を設定しました。

2つ目のデータは、各店舗で取り合う需要の情報です。
分析エリアを約250mで区切り、各メッシュ内の居住人口を需要としました。
この需要を一定以上獲得できる場所にのみ、出店できるものとします。

これらの地図データは、「政府統計の総合窓口(e-stat)」、「国土地理院ウェブサイト」より取得し、背景地図は「地理院地図(電子国土Web)」を利用しています。[1]
需要の獲得ルール
シミュレーションの肝となる、出店をした場合の需要獲得は以下のようなルールとします。
- 需要メッシュの中心点から一定距離内の場所に出店した場合に、
メッシュ内の需要を獲得できます。 - 需要メッシュの中心点から、一定距離内に複数店舗がある場合には、
距離が近いほど、メッシュ内の需要を多く獲得できるよう分配します。
具体的な計算は以下の通りです。
(魅力度:1固定、距離抵抗係数1.5のハフモデル)

シミュレーション結果の可視化
出店した結果の需要獲得状況を確認できるよう、2種類の地図を使います。
1つ目は、自チェーンの獲得メッシュを表示した地図です。
需要メッシュ別に自チェーンの店舗が獲得できた割合を色分けし、エリア全体の概況を把握することができます。

2つめは需要獲得線を表示した地図です。
各メッシュの需要を、周辺のどの店舗がどれくらいの割合で獲得しているかを、詳細に確認できます。

最適化手法
シミュレーションで出店場所を選定するアルゴリズムには、数理最適化の「整数計画法」と「貪欲法」という2パターンの最適化手法を使います。
整数計画法
出店する複数店舗の相互影響も考慮し、最適な配置を導出します。
具体的には、シミュレーション内容を以下のように定式化し、最適化ソルバを用いて解きます。
- 変数:出店場所候補に出店する/しない
- 目的関数:自チェーンの店舗の合計獲得需要の最大化
- 制約:出店数上限、店舗ごとの最低獲得需要など
以下が今回の詳細なシミュレーション定式(一部抜粋)になります。

貪欲法
1店舗だけ出店する場合を想定し、最も自チェーンの合計獲得需要が大きくなる場所を選定していく店舗選択を、出店店舗数分繰り返します。
具体的には、未出店の出店場所候補を総当たりで評価する計算を繰り返します。
人が考える出店戦略に近いと想定されます。
2種類の最適化手法の違い
整数計画法での出店は、貪欲法に比べ、より多くの需要を獲得できる場合があります。
整数計画法は、周辺の店舗も合わせて、全体で獲得する需要が多くなるよう出店するためです。
以下がそのイメージです。

但し、整数計画法は、出店場所の候補や需要獲得メッシュなどのデータ数が多くなると、最適化計算にかかる時間が指数関数的に増加します。
一方で、貪欲法もデータ数により時間は比例的に増えるものの、増加の度合いは緩やかなため、比較的短時間で最適化結果がでます。
2種類の最適化手法によるシミュレーション結果の比較
両方の手法で1~100店舗を出店した場合の需要獲得の割合を示したものが以下のグラフです。

出店する店舗数に関わらず、整数計画法の方が、より多くの需要を獲得できていることが確認できます。
シミュレーションの活用シーン
この数理最適化を使ったシミュレーションは出店戦略検討の様々なシーンで活用できます。
活用シーンの一例をご紹介します。
活用シーン① 出店余地の評価
一定基準の需要が見込める店舗が、あと何店舗が出店できるかを知りたい、という場面での活用です。
但し、新たな出店により、既に出店している自チェーンの需要も最低基準を下回らないことが条件となります。(開始時点で基準を下回っている店舗は、それ以上下がらないことが条件です。)
実際にシミュレーションした結果が以下になります。

自チェーン店舗の隙間や、他チェーン近くで需要をより獲得できる場所に出店することで、あと13店舗の出店が可能なことが確認できました。
活用シーン② 店舗整理計画の策定
例えば、この地域で5店舗を閉店しなければならない場合に、合計の獲得需要の減少は最小限となるよう、閉店候補を選定したい、という場面でもシミュレーションが活用できます。
以下がシミュレーションによる5店舗の選定結果です。

自チェーン同士が近い店舗を中心に選ばれており、単純にシミュレーション時点の獲得需要が小さい店舗ではなく、閉店した分の需要を近くの自チェーン店舗で獲得できることも考慮して選定しています。
活用シーン③ 他チェーン出店によるマイナス影響の抑止
自チェーンだけではなく、他チェーンも出店することも考えられます。
以下のように、もし他チェーンが出店した場合に、周辺の自チェーンの獲得需要の減少影響が最も大きい場所を特定することもできます。

この結果を元に、特定した場所やその近くに、自チェーンの店舗を出店することで、他チェーンに需要を取られないという、守りの出店戦略にもシミュレーションは活用できます。
おわりに
今回は数理最適化の手法を組み込んだ出店戦略アプリと、アプリを使ったシミュレーションをご紹介しました。非常にシンプルな条件でのシミュレーションでしたが、需要評価に使うデータや条件などを少し変えることで、広い範囲の業種・業態で応用が可能です。
最後になりますが、NRIデジタルでは、今回ご紹介した拠点最適化以外にも、配送最適化、庫内最適化、シフトスケジュール最適化、など、業務効率の向上を実現する、様々な数理最適化の課題に取り組んでいます。「業務をもっと効率化したい」「最適な業務戦略を立てたい」という方がいらっしゃれば、ぜひNRIデジタルにご相談ください。
[1] 出典
・政府統計の総合窓口(e-Stat) :https://www.e-stat.go.jp/
・国土地理院ウェブサイト :https://maps.gsi.go.jp/development/ichiran.html
・地理院地図(電子国土Web) :https://cyberjapandata.gsi.go.jp/