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都市OSとは何か?(第2回NRI不動産DXセミナー講演抄録)

NRIデジタルとNRIは2021年3月4日に第4回不動産DXセミナーを開催します。NRIデジタルからはディレクターの吉田が「”スマート”な都市を実現するための都市アプリケーション開発」と題して登壇します。今回の講演をより深くご理解いただくために、スマートシティにおける「都市OS」と「都市アプリケーション」について解説した、第2回セミナーの講演抄録をテックブログとして公開します。

※本稿は、2020年2月17日に開催した第2回不動産DXセミナーでの「都市OSとはなにか?スマートシティの技術的側面」と題した講演の抄録です。一部、当日の他の講演の内容を前提とした記述になっています(他の講演についてはイベント開催レポートを御覧ください)

内閣府の「スーパーシティとデータ連携基盤について」という報告を始めとして、スマートシティに関する議論には「都市OS」というキーワードが登場します。NRIが公開した「スマートシティ報告書」にも都市OSとセットで「データ連携基盤」というキーワードがあり、「都市OS=データ連携基盤」と捉えられがちですが、果たして都市OSとはデータ連携基盤なのでしょうか?

本稿では、「都市OSとは何か?」について考察します。考察の背景にあるコンセプトは「都市OSの未来は、コンピュータのOSの歴史から推測できる」という考え方です。コンピュータやスマートフォンのOSがどのような機能を持ち、どのようなビジネスにつながったかを通して、都市OSに必要な機能やそれを取り巻くエコシステムについて検討します。

OSとはなにか

OSとはオペレーティングシステムの略で、コンピュータの操作や運用を司るソフトウェアです。ユーザが普段利用するソフトウェアを「応用ソフトウェア」と呼ぶのに対して「基本ソフトウェア」と呼ばれることもあります。身近なPCを例にすると、WindowsがOS(基本ソフトウェア)であり、ExcelやPowerPointが応用ソフトウェアとなります。

Windows以外でもPCのOSにはAppleのmacOSやオープンソースのLinuxなどのOSがあります。また、スマートフォン用のOSにはGoogleのAndroidやAppleのiOSがあります。

コンピュータは次のような要素から構成されています:

  1. 入力装置(キーボード、マウスなど)
  2. 記憶装置(ハードディスクなど)
  3. 出力装置(モニター、プリンタなど)
  4. 演算装置・制御装置(CPU)
  5. ネットワーク(Wifiなど)

OSはこれらの装置が正しく効率よく機能するようコントロールするほか、APIという機能を通じて、応用ソフトウェアからこれらの装置を操作できるようにしています。この「リソース管理・利用率の向上」と「APIを通じたハードウェアの抽象化」がコンピュータのOSの目的です。

都市にとってのOSとは?

都市をコンピュータに置き換えると入力装置や記憶装置といったコンピュータ内の装置は何に相当するでしょうか。

  1. 入力装置:監視カメラのような機器だけでなく、駐車場の空車状況や、セキュリティーゲートの通過履歴、警備ロボットからの情報など、市に関する情報源はすべて入力装置となります。
  2. 出力装置:サイネージのように情報を表示する機器だけでなく、隔制御できる機器はすべて出力装置となります。具体的には信号やエレベータなども出力装置です。また、Sidewalk Labsが遠隔制御できる敷石も開発しているように、今後スマートシティに特化した出力装置が開発されると考えられます。
  3. 記憶装置:Sidewalk Labsもアリババもスマートシティのデータ管理には自社のクラウドサービスを利用します。クラウドが都市の記憶装置といえます。
  4. 演算装置:都市における演算とは、入力装置から集めた情報をAI技術で解析し、出力装置を制御することです。アリババのET City Brainを例に取ると、監視カメラの画像から事故の発生を検出し、救急車の経路を検索し、救急車の進路の信号をすべて青信号に変えるといった演算をおこなっています。これらの演算はクラウド上で行われますが、プライバシー保護の観点からクラウドを介さずに端末内で演算するエッジコンピューティングも進んでいます。
  5. ネットワーク:5G通信がスマートシティのネットワークになります。特に、特定のエリアに自営の5Gネットワークを構築できるローカル5Gはスマートシティ用途での活用が期待されます。

コンピュータのOSの目的は「リソース管理・利用率の向上」と「APIを通じたハードウェアの抽象化」の2つでした。これは都市OSにおいても同様で、「都市のリソース管理・運営管理の効率化」、「都市のAPIを通じた都市のイノベーション」の2つが都市OSの目的といえます。

(1)都市のリソース管理・利用効率の向上都市に張り巡らされたセンサーから集まる情報により、都市の状況をリアルタイムに把握し、効率的に運用することが可能になります。テンセントは自社のクラウド上で動作する「RayData」というソフトウェアにビルや街区のデータを集約し、運営管理に活用しています。

(2)都市のAPIを通じた都市のイノベーション都市がAPIを持つことで、都市の入力装置から集めたデータを活用したり、都市の出力装置をコントロールする都市の応用ソフトウェア(都市アプリケーション)の開発が可能になります。Sidewalk Labsはトロントのスマートシティ計画(MIDP)の中で今後開発する複数の都市アプリケーションを紹介しています。これらを実現するのが都市のAPIです。

一方で、都市のAPIが悪用されると、都市全体が危険にさらされることになります。誰に都市のAPIへのアクセス権を与えるのか、誰がそれを許可するのかといった権限管理についての検討も必要です。

 

都市OSの実現に必要な機能

都市OSを機能させるためには、データを集めるだけでなく、集めたデータを「紐付け」たうえで「意味づけ」をし、現実世界に「働きかけ」なければなりません。

  • 紐付け:センサーのデータは蓄積するだけでは活用できません。少なくともどこに設置され何を測定したのかが分からなければなりません。このためには、建物の詳細なマスタとセンサーの設置位置の管理が必要です。また、同じ施設に設置された複数の種類のセンサーのデータの名寄せも必要になります。
  • 意味づけ:データを名寄せするだけでは具体的なアクションには繋がりません。データの意味付けには文字認識や画像認識といったAI技術が役立ちます。AI技術を活用することで1枚の画像からでも、人数や台数、感情、何が起きているのか、といった情報を抽出できます。
  • 働きかけ:リアルな世界に働きかけをするためには、都市の出力装置の開発・設置が必要になります。そのような機器を設置した場合には、それらが正しく動作しているのかを監視するような運用も必要になると考えられます。

都市OSに必要な紐付け、意味づけ、働きかけ

このように考えると、都市OSの実現にはデータの連携だけでなく、データの紐付けのための施設データの管理や、意味付けのためのAI技術、働きかけのための都市の出力装置の開発に加えて、都市全体の監視運用が求められます。

都市OSをとりまくシステムは、企業の情報システムよりも複雑な構成になります。このようなシステムを開発・運用するために、都市CIO・CDOのような役割や、都市のICTマネジメント組織が今後誕生してくるのではないでしょうか。

都市CIOやCDOが求められる

テック企業とスマートシティ

都市OSのコア技術は、クラウド/AI/IoTといったメガテック企業の得意領域です。メガテック企業が狙うのは都市OSだけではありません。実際にアリババは都市OSの「City Brain」以外にも製造業や農業向けのOSも開発しています。

また、メガテック企業はOS自体で稼ごうとしているわけではありません。GoogleのAndroidは無償で提供されていますが、それによりGoogle検索やGoogleMapといった自社のサービスの利用者が増え、莫大な広告収入を生んでいます。OS上にアプリストアを展開して、エコシステムを構築し、そこからも手数料収入を得ています。また、サービスを通じて取得した大量のデータは、自社サービスのアルゴリズムの強化だけでなく、有償のクラウドサービスとしても提供して大きな収入源となっています。

スマートシティの実現に向けたハードルは技術的なものだけではありません。管理すべき空間がビル→エリア→シティと拡大することで関係するプレイヤーも増えて、利害調整も難しくなります。スマートシティの実現を目指すのであれば、テック企業の得意分野はテック企業に頼りながらも、都市全体としてどのようなビジネスモデル/エコシステムを確立するのかを検討することが重要と考えます。

本講演のまとめ

  • 都市OSの未来は、コンピュータ/インターネットの歴史に学ぶ
  • 都市OSの機能は「データ連携基盤」ではない
  • 都市OSに必要な「紐付け」「意味づけ」「働きかけ」
  • スマートシティには都市のCIO・CDOやITマネジメント組織が必要になる
  • スマートシティ実現に向けてテック企業にどのような役割を任せるのかが重要な論点

第4回NRI不動産セミナーでは

”スマート”な都市を実現する都市アプリケーションの開発と題して、都市アプリケーションにはどのような機能が必要なのか、具体的にはどのように開発するのかについて、NRIデジタルの事例を交えて論じます。ぜひご参加ください。
https://www.re-dx.com/re-dx-seminar-2021