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日本社会を活性化するデジタルウォレット

河津 功典

Web3の時代は、デジタルウォレットが極めて重要になる。モバイル決済アプリのイメージがあるが、今後は、ユーザーのさまざまなID情報も管理する。リアルとデジタルの区別なく、多様なサービスを利用するうえで認証を行う、パスポートの役割を果たすだろう。ID情報の管理の仕方について、我々ユーザーや各企業は意識変革を迫られる。デジタルウォレット分野で世界を先行することは、日本社会を活性化すると期待されている。

Web3時代のパスポートとして高まる重要性

スマホのアプリを使って、電子マネーで支払いをする。あるいはクレジットカード機能を利用して買物をする。デジタルウォレットというと、こうした決済ができるモバイルアプリのイメージが強い。
しかし最近は、飛行機の搭乗券や新幹線の乗車券がデジタル化され、社員証など身分を証明する情報もスマホで表示できるようになった。リアルで持つ財布には、現金やクレジットカードのほか、チケットやクーポン券が挟まれ、社員証や免許証なども入っている。だから紛失すれば一大事となる。決済に限らず、これらデジタル資産やIDを一体で管理するもの、それがデジタルウォレットである。(図1)
決済やチケットを個別に管理してきたアプリは、今後は一つのアプリ、つまりデジタルウォレットにまとめられるだろう。デジタルウォレットは重要な存在になる。

図1:デジタルウォレットの機能概要
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インターネットの世界は、ブロックチェーン技術をベースに自律分散型のWeb3時代に入りつつある。デジタル上のあらゆるサービスを利用するうえで、デジタルIDによる自己証明が欠かせなくなる。すると、デジタルウォレットは、いわばWeb3時代のパスポートの役割を担う。その理由を、以下に解説する。

もともとデジタルIDは、サービスプロバイダーごとに管理されていた。ユーザーが各サービスを利用するには、ID情報をそれぞれのサービスごとに登録する必要があった。ところが、グーグル、アップルなど巨大なIDプロバイダーの台頭によって、IDはプラットフォーマーに一元管理されるようになった。Web2.0と呼ばれる中央集権型の仕組みである。
ユーザーからすると、一つのIDプロバイダーに登録すれば、ID連携によって他のサービスも利用できるという点で利便性が高いが、一元管理ゆえの問題もはらんでいる。例えば、IDプロバイダーへ依存する危険である。グーグルを例にすると、何らかの理由でグーグルのアカウントが使えなくなれば、連携するすべてのサービスが利用できなくなる。また、情報が一カ所に預けられるがゆえに、情報流出が起きた場合はインパクトが大きい。
そこで、一社に依存する中央集権型の仕組みから、ユーザー個々が管理する分散型の仕組みに変えていく流れが起きている。ここでキーとなるのがデジタルウォレットである。あたかもパスポートのように、ユーザーのID情報がデジタルウォレットに入り、その情報を介することで、どのようなサービスも利用可能になるのである。デジタルウォレットが普及すれば、この流れは活発化するだろう。(図2)

図2:Web2.0時代のID管理とデジタルウォレットによるID管理
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また昨今は、リアルとデジタルの境目がなくなりつつある。リアル店舗で見た商品をECサイトで購入する。逆に、ECサイトでチェックした商品をリアル店舗で買う。こうした状況はすでに起きている。今後はリアルとデジタルの融合がますます進む。デジタルウォレットは、その接点としても重要な役割を担うだろう。
本来デジタルの世界で使われていたNFTや暗号資産などを、リアル世界で利用する動きが起きている。例えば、コンサートチケットをNFT化し、保有者のIDと連携させる。そうすれば、ゲートでの入退場や転売防止に活かせる。こうした多様なサービスを展開するうえで、多くの企業はデジタルウォレットに期待を寄せている。

デジタルトラストのベースとなるセキュリティ

目に見えるリアルの世界と異なり、デジタル世界では、情報の内容、発信者、流通経路、操作や管理主体など、さまざまな構成要素の信頼担保、つまりデジタルトラストが欠かせない。このデジタルトラストにはユーザー関与によるユーザー自身の信頼性の証明も必要であり、そのためにデジタルウォレットが活用される。デジタルトラストは各構成要素による個々の信頼担保が前提となっており、デジタルウォレットにも高い信頼担保が求められる。
やはり、信頼担保のベースとしては、セキュリティが極めて重要になる。ユーザーに関するIDやIDに紐付く情報、またデジタル資産、これらを管理するデジタルウォレットのセキュリティが突破されるとユーザーに関する多くの情報が次々に流出して露呈してしまう。セキュリティに完璧・完全はないが、常にアップデートして最善のセキュリティ対策を備えること、万が一の問題に対しても即時対応できること、が重要となる。
ユーザーに関する多くの情報がインターネット上に流出することは、プライバシーインパクトが非常に大きい。プライバシー保護をどう実現できるかもデジタルウォレットにとって重要な観点である。プライバシーインパクトを低減する手段の一つとして、ユーザーが必要最小限の情報のみを、相手に渡す方法は有効である。例えば、本人確認のために、免許証や保険証を求められる場合が多い。そこには住所や生年月日などのさまざまな個人情報が入っている。しかし目的は、本人であることの証明である。当人であることを保証する、必要最低限の情報のみを提供するようにできれば、提供する個人情報の幅が狭まり、万が一の際のプライバシーインパクトが低減できる。情報を受け取る企業にとっても、個人情報管理の負担が下がる。両者にとってメリットが生まれる。

デジタルIDを自己管理する時代へ

Web2.0からWeb3の時代へすぐ切り替わるものではない。日本では、しばらくこの二つが混在しながら、サービスが成り立っていくだろう。しかしデジタルIDの管理に関して、Web3の時代には次の変化が起こると見ている。(図3)

図3:Web3時代における変化
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一つは、ユーザー意識の変化である。デジタルIDをグーグルのようなIDプロバイダーに任せていたユーザーは、今後はデジタルウォレットのようなツールを使って自分で管理するようになるだろう。デジタルIDの管理が自己管理になれば、IDに紐付く情報の管理も自己管理できるようになる。また、デジタルIDを使い分けることにより、サービス毎に別人格を実現する分人化も求められてくるだろう。Web3時代に期待されるサービスにメタバースがある。メタバースではアバターの使い分け(分人化)が活発になり、リアル世界の本人と切り離したいニーズも出てくる。例えば、メタバースの中では美少女キャラだが、中身は男性、リアル世界では男性というケースだってある。メタバース内で何らかのサービスを利用する場合、リアルな実像を知られずに本人認証をしたくなる。
同様に、企業による、データの収集・利用・管理の仕方も変わるだろう。IDプロバイダーの優位性を活かしてユーザーデータの囲い込みをしていた企業は、今後は目的に合わせて必要最小限のデータを、その都度ユーザーから得ることになる。企業は、ユーザーにメリットを提示できなければ、データを得ることが難しくなるため、ユーザーとのエンゲージメント強化に動くだろう。このとき、デジタルウォレットがユーザーと企業をつなぐ接点となるため、その意味で、デジタルウォレットをいかに活用するかが企業には重要になる。

デジタル分野のサービスは、今のところアメリカ企業偏重で提供されてきた。日本でデジタルウォレットを進めていくことは、アメリカの巨大IDプロバイダーからユーザーのIDとデータを取り戻し、日本企業がデジタル分野で再び競争力を高めるチャンスになる。デジタルウォレットに付随してさまざまなサービスも生まれるだろう。デジタルウォレットを通じて、今は日本の活性化に向けた基礎固めの段階と見ている。

※2023年3月3日付の日刊工業新聞に掲載した記事を許諾を得て再構成しています。

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